日本三大陶器(有田陶器市・土岐美濃焼まつり・せともの祭)

管理人
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こんにちは、管理人です。前回のブログはいかがでしたでしょうか。

農耕・牧畜生活が始まったころに、食料を調理したり蓄えておくために土器が作られるようになりました。

日本では約1万年以上前の、世界最古ではないかといわれる土器が発見されており、青森県の外ヶ浜町にある縄文遺跡群のひとつ、大平山元遺跡(おおだいやまもといせき)から発掘された土器のかけらに付着していた炭化物の放射性炭素年代測定を実施した結果、おおむね15,000年前後から最も古いものは16,500年前の年代の値を示しました。

途方もない遠い時代から紡がれてきた悠久の時を超えて、弥生土器や土師器、須恵器など焼成温度がより高くなったことで硬質になり、また釉薬という新たな技術も大陸から伝来し、陶器の生産が始まっていきました。

焼き物の種類については、以前コチラのブログ記事にも書いたので、よろしければご覧ください。

今回は日本を代表する三大陶器に注目して記事を書いていきたいと思います。

目次

有田焼(ありたやき)

「有田焼」は、佐賀県有田町を中心に生産される陶磁器の一つで、伊万里の港から輸出されたことで「伊万里焼(いまりやき)」とも呼ばれています。
一般的に有田焼と称されるものは、古伊万里様式、柿右衛門様式、鍋島様式の三つの系譜に分類されます。

日本で初めて磁器が作られたのは、1616年頃。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に連れてこられた朝鮮の陶工が有田町の泉山で磁器の原料となる陶石を発見し、日本で初めて磁器が焼かれました。
やがて東インド会社を通じて世界中に輸出されるようになり、欧州の王侯貴族から絶賛されることになります。

古伊万里様式

江戸時代に作られたものです。染付の藍色の素地に、上絵の金、赤、緑、黄色などで装飾した作品を「古伊万里様式」と呼んでいますが、金襴手という赤や金色の絢爛豪華な装飾技法が使われるなど、華やかさが印象的な磁器です。

構図の特徴は、器を放射状の直線や唐花状の曲線で区別し、窓絵と地文様を交互に描くところにあります。文様には唐花文、獅子牡丹文などがあります。

柿右衛門様式

1640年代に初代・酒井田柿右衛門が赤絵を創始し、白磁の美しさとの調和性を究極まで高め、1670年代にその製法が確立しました。陶磁器用の絵の具で釉薬の上に彩色を施す技法で、それまでの染付のみの単色の世界から、多彩色になり、当時は画期的なものでした。

柿右衛門様式は、濁手(乳白手とも)と呼ばれる乳白色の素地に描かれた赤・青・緑・黄などの鮮やかな彩色を施した、当時「赤絵」と呼ばれた上絵付けの色絵が特徴です。ふんだんに余白をとる構図の特徴から「余白の美」とも称されます。柿右衛門様式は1650年代から1690年代にかけて数多作られ、18世紀にはドイツのマイセン窯をはじめとする欧州の窯で多くの模倣品がつくられました。また、磁器の発祥地である中国の景徳鎮窯にも影響を与えたといわれています。

構図の特徴は、非対称で乳白色の余白を生かした東洋的な図柄が描かれている優美な色絵にあり、柔らかく暖かな雰囲気を感じさせます。

鍋島様式

御用窯の鍋島藩窯で作られた焼き物「鍋島」、その独特の様式は「鍋島様式」と呼ばれています。徳川幕府や諸大名の進物品として特別に焼かれ、輸出されていないために、古伊万里とは別に分類されています。

染付に赤、黄、緑の三色に限定した釉だけで表現される鍋島文様は、有田の民窯から最高の技術を持つ者が集められ、色彩が技術的に完璧であるばかりでなく、くし高台が施された規則正しい器形など厳格に管理されていました。

構図の特徴は、春をテーマにした絵付けがほどこされることが多く、夏や秋、冬のもつ別趣の情感が鍋島焼にはみられません。情調はどこまでも雅びであり、麗らか。

鍋島様式には3つの技法があり、 色鍋島、藍鍋島、鍋島青磁にわけられます。 「色鍋島」は染付の藍を基本に赤、黄、緑の4色で構成される技法が特色で、古くから藩主が使用する食器や、幕府などへの献上品として用いられました。「藍鍋島」は藍色のみで精緻に描かれた図柄が見事です。「鍋島青磁」は伊万里の大川内山で採取される貴重な天然青磁の原石を使って作られる青磁釉を器の全体にかけて焼く技法です。

美濃焼(みのやき)

美濃焼とは、岐阜県の東濃地方の一部(土岐市、多治見市、瑞浪市、可児市)の地域で製作されてきた陶磁器の総称です。
奈良時代に朝鮮半島から伝わった須恵器が起源とされており、平安時代には釉薬を使った焼き物が作られるようになりました。
国内で生産されている陶磁器の約5割は美濃焼で、国内No.1のシェアを誇っています。

美濃焼は一つの様式を持たず、「特徴がないのが特徴」とまで言われており、安土桃山時代に、黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部などの基本となる様式が出来上がり江戸時代のはじめまでは、茶の湯文化を反映した芸術性の高い焼き物が多く生産され、素晴らしい焼き物が多く生まれていきました。

黄瀬戸 (きせと)

室町時代末期から安土桃山時代に作られてきた朽葉色の陶器です。灰釉が改良された鉄釉による美しい淡黄色の肌が特徴的です。薄作りの器にさまざまな文様を描き、緑の胆礬(硫酸銅)や褐色の焦げが風流な「あやめ手」や、厚みがありほとんど文様や焦げがない「ぐいのみ手」があります。そして、光沢のある古瀬戸系黄瀬戸と、しっとりと潤いのある油揚げ肌を呈する黄瀬戸があります。

瀬戸黒 (せとぐろ)

鉄釉をかけて1200度前後の窯で焼成し、引き出したあとに急冷させると表面に深みのある美しい黒が現れます。それまでの黒い茶碗はどれも赤みを帯びたもので、「引出黒 (ひきだしぐろ) 」とも呼ばれる瀬戸黒の漆黒の茶碗は、茶人たちに歓迎されました。

形も、当時の主流である丸みを帯びた茶碗とは異なり、高台が低く、裾の部分が角ばった半筒形。既存の概念にとらわれない自由な造形も人々を魅了しました。

志野 (しの)

繊細な貫入と、ほんのりと赤みを帯びた白い肌が美しい志野。長年日本人が憧れてきた念願の「白い焼き物」の誕生であり、同時に、従来の型押しや彫りでなく、素地の上に直接絵を描くことを可能にした革命的な器でした。

「もぐさ土」と呼ばれる土に白い長石釉 (志野釉) をかけて焼成します。茶碗を中心に、水指や香合など茶道具に多く用いられ、無地志野、絵志野、鼠志野、紅志野、練込志野などいくつか種類があり、志野茶碗「卯花墻」は国産の茶碗では2つしかない国宝に指定されています。

織部 (おりべ)

安土桃山時代を生きた武人にして茶人であった古田織部が、自身の好みに合わせて造らせた焼き物。ゆがみも味わいとする大胆な造形、鮮やかな緑、鉄を含んだ顔料で描かれる文様や絵は、それまでにないものでした。

織部黒、黒織部、総織部、鳴海織部、志野織部、弥七田織部、青織部、赤織部、唐津織部など色も多彩で、形や模様も様々なものが生み出されました。

瀬戸焼(せとやき)

「瀬戸焼」は、愛知県瀬戸市とその周辺で生産される陶磁器で、鎌倉初期に宋で陶法を学んだ加藤四郎左衛門景正が窯を開いたのが始まりといわれ、日本六古窯(信楽・備前・丹波・越前・瀬戸・常滑)の一つに数えられています。

瀬戸市の地盤を形成する瀬戸層群のなかには、焼き物作りには欠かせない「木節(きぶし)」「蛙目(がえろめ)」という良質な粘土と、ガラスの原料となる「珪砂(けいさ)」が豊富に含まれる瀬戸陶土層があります。瀬戸の層群から採れる粘土は、とても柔らかく耐火性に優れています。また、この粘土は鉄分をほとんど含んでいないので、白くて綺麗な焼き物を作ることができます。素材が白いため、線や絵付けなど多彩なデザインを生み出すことができ、焼き物として優れた多様性を持っています。

陶器も磁器も焼かれる珍しい産地であり、陶器では国の伝統的工芸品「赤津焼」に代表される釉薬を駆使した装飾が特徴で、磁器は同じく「瀬戸染付焼」に代表される呉須と呼ばれるにコバルト顔料を施した青色が美しい絵付を特徴としています。また、陶器は本業と呼ばれ、磁器は染付焼あるいは新製と呼ばれて大きく分けることが出来ます。陶業は長男戸主に限られていましたが、新製焼は次男、三男でも開業できたため転業が相次ぎ、新製焼はすぐに陶器生産を凌ぐようになりました。

日本で陶器一般を指す「せともの」という言葉は、長い歴史のなかで、やきもの作りを牽引してきた瀬戸焼からきています。

日本三大陶器祭り

陶器市・陶器祭りは、陶器の生産地で行われることが多く、日本各地の焼き物の里で行なわれています。
その土地の窯元や作陶家などが多数出店するイベントで、個性的な作品から伝統的な器まで、さまざまな陶器や焼き物が並びます。
また、作家さんから作品について直接お話を聞ける機会があることも楽しみの一つです。

中でも日本三大陶器祭りといわれているのは、佐賀県の「有田陶器市」、岐阜県の「土岐美濃焼まつり」、愛知県の「せともの祭」です。

有田陶器市(有田焼・佐賀県有田町)

1915年(大正4年)、「陶磁器評論会」(現在の「九州山口陶磁展」)の協賛行事として行われた「蔵ざらえ大売り出し」が現在の有田陶器市の起源です。

上有田駅から有田駅間の約3kmにわたって約500を超える店が並び、全国から100万人を超える人出で日没まで賑わいます。
焼き物好きの方には最高の陶磁器を販売するイベントです。

  • 開催期間:毎年4月29日~5月5日
  • 開催場所:佐賀県有田町内一円
  • 出店店舗:有田町内各所

土岐美濃焼まつり(美濃焼・岐阜県土岐市)

土岐美濃焼まつりは、岐阜県土岐市で毎年ゴールデンウィークに開催される美濃焼の陶器市です。

岐阜県土岐市は陶磁器の生産量日本一を誇ります。そのため土岐美濃焼まつりでは種類、品数が豊富に並びます。
出展者数は300を超え、毎年約20万人の来場者で賑わう大規模な陶器市です。

  • 開催期間:毎年5月3日〜5月5日
  • 開催場所:岐阜県土岐市
  • 出店店舗:織部ヒルズ(土岐美濃焼卸商業団地)、泉北山町内

せともの祭(瀬戸焼・愛知県瀬戸市)

せともの祭は、磁祖加藤民吉翁の遺徳をたたえる産業祭として1932年(昭和7年)に開催されたのがはじまりです。

瀬戸川両岸約800mに市内の瀬戸物問屋や窯元などが中心になり、約200のお店が軒を連ねます。その他にも、新作発表や陶芸展などが催され大変見ごたえのある産業祭です。

  • 開催期間:毎年9月第2土・日曜
  • 開催場所:愛知県瀬戸市
  • 出店店舗:瀬戸川の両岸

日本各地の陶器市・陶器まつり

他にも日本全国で陶器市や陶器まつりは開催されています。
お気に入りの焼き物が見つかるきっかけとして、まずはお近くで開催されている陶器市・陶器まつりへと足を伸ばしてみましょう。
ゴールデンウィークをはじめ、春や秋の連休に開催されているので、事前に計画を立ててお出掛けしてみてはどうでしょうか。

栃木県の「益子陶器市」

陶器市は1966年から始まり、例年、春のゴールデンウイークと秋の11月3日前後に開催されます。益子陶器市は会場が決まっておらず、地域の商店や窯元が参加し、街全体のイベントとなっています。益子陶器市のメインストリートとなるのは、駅から東に延びる通称「やきもの本通り」。その中心に位置する城内、道祖土と呼ばれる地区に焼き物の販売テントが集中しています。焼物だけでなく地元農産物や特産品の販売も行われ、春秋あわせて約60万人の人出があります。

1853年に大塚啓三郎が根古屋に窯を築いたことが益子焼の始まりとされています。昭和に入り、近現代の日本を代表する民芸派の巨匠陶芸家・濱田庄司が益子に工房を構えて制作をはじめたことで広く浸透していきました。国の伝統的工芸品に指定されている益子焼は、温かみのある素朴さと重厚な力強い美しさが特徴的です。

滋賀県の「信楽陶器まつり」

信楽陶器まつりは、毎年10月上旬に甲賀市信楽町で開催されています。信楽焼で有名なものといえば、たぬきの置物。会場にはたくさんのたぬきが並び、訪れた人を温かく迎えてくれます。

六古窯の一つである信楽焼は、奈良時代から始まった大変古い歴史を持つ焼き物で、近畿地方を代表する窯地です。742年に聖武天皇が紫香楽宮(しがらきのみや)の建立で瓦を焼いたのがその起源とされています。信楽焼のたぬきの置物が作られたのは明治10年頃からで、信楽の窯元・狸庵の初代藤原銕造が創作したのが始まりです。1951年、昭和天皇の信楽行幸の際にこの狸を気に入られ、「をさなきときに あつめしからに なつかしも しからきやきの たぬきをみれば(幼い頃、狸の置物を集めていたが、今この信楽焼の狸の隊列を見て懐かしさが込み上げてきた)」と、歌に詠まれたことがきっかけとなって全国へと広がりました。

近年では、2019年のNHK朝の連続テレビ小説「スカーレット」の題材としても取り上げられ、信楽焼は注目を集めました。

長崎県の「波佐見陶器まつり」

波佐見陶器まつりは、毎年GW中に長崎県波佐見町井石郷やきもの公園で開催される陶器のお祭りです。大型テント内での販売になるので、雨天時も安心してお買物が楽しめます。また、同時期には近くで、「有田陶器市」も開催されているのため、両方の陶器市を回るツアーなども開催されています。1959年4月に「波佐見焼陶器市」の名で第1回目が開催され、その後、1990年に「波佐見陶器まつり」へと改称されました。

波佐見焼は、長崎県の中央北部に位置する波佐見町付近で作られる400年以上の歴史がある陶磁器ですが、長らく「有田焼」の一部として売られてきた歴史を持ち、近年までその名前が表に出ることとは少なく、有田焼の陰に隠れていました。2000年頃に問題となった食品の産地偽装事件を機に産地名表記を見直す動きが社会的に進み、「波佐見焼」という厳密な生産地表記が必要となりました。

波佐見焼は、透けるような白磁の美しさと、呉須で絵付けされた染付の繊細で深い味わいが特徴で、時代に合わせて改良を続けながら、庶民の器としてさまざまな日用食器が誕生していきました。その一つ、「くらわんか碗」は丈夫で壊れにくく、波佐見焼の代表作となりました。波佐見焼の食器を通して庶民の食文化は大きく変わり、高級品としてのイメージが強かった陶磁器を、日常使いする食器として世に普及させました。

山口県の「萩焼まつり」

1991年から始まった萩焼まつりは、毎年ゴールデンウィーク期間に開催される萩焼の陶器市です。例年の開催地は、萩市民体育館となっています。400年以上の歴史がある萩焼は、伝統的工芸品の指定を受け、国内外にその芸術性が高く評価されています。

400年の伝統を誇る萩焼。古くは江戸時代、お茶の席で使用することを目的に作られ、現在も親しまれています。萩焼の特徴は、やわらかで素朴な風合いです。萩焼は吸水性があり、使っていくうちに表面の貫入(表面の細かなヒビ)から茶がしみ込み、この浸透により色合いがだんだんと変化し、なんとも言えない侘びた味わいを醸すようになります。この変化は「萩の七化け」と呼ばれ、萩焼の特徴的な魅力となっています。

…など。

まとめ

日本が誇る文化の一つということで、日本三大陶磁器は覚えておきたいですね。

陶器は意外とかさばって重いものです。たくさん購入したいという方は、大きめのバッグやキャリーケースを持っていくと便利です。
また、屋外青空の下で開催されるので、日差しやUV対策も整えると、より陶器市・陶器まつりを楽しむことができます。

明日はまたわたしのブログになります。
また明日お会いしましょう。

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